来週こそバイオスフィア2について書きたいけど

 この一週間もジャガイモやタマネギを掘っていて、合間合間に草刈りや春野菜の片付けに、夏野菜の定植と細々色々やっているのですが、取り急ぎ、掘るものを掘りきらない内は心がいつも土中の芋や玉ねぎに支配されていて、もはや芋のためというよりも、自身の安寧のために、一日でも早く掘り上げなければなりません。

 種田山頭火の自由律句に「刈るより 掘るより 蒔いている」というのがあって、まったく農民の暮らしぶりを端的に詠んでいて、農家のぼくにはよく刺さり、この句を思い出すきっかけには事欠かないという日常です。種をまいて育てても、天気や虫でほとんどダメになり、結局収穫にはいたらず、またあわてて蒔いての連続で、もう慣れっこなのでそれも折り込み済みの計画で、心づもりもいつでもそうです。作物を植えた畑へ数日おきに生育のチェックに向かうのですが、そんな時、ぼくは心の中ではもうほとんど全部がダメになっていると思いながら軽トラを走らせ、作物によって程度の差はあれど、ぼくは畑についたらきっとこんな風にがっかりするんだろうなと思いながら、むしろすぐにでもその現場を目の当たりにし正式にがっかりしたいとすら思っており、道中、こっちがダメならあっちの野菜で何とかしようと対策までも練りあげながら畑に近づいていくのです。そしていざ実際に畑についても、いきなり真正面から全部を受け入れようとせず、薄目で端々から少しづつ、怖々ながら状況を確認していきます。すると一度心の中で、この圃場での収穫をすっかりあきらめていた分、現実の作物の様子を見ると、案外その生育ぶりは思っていたよりかはまずまずで、あぁよかったなぁ、とほっとするのが常であり、こういう一連の思考のフォームを処世術として身につけてこれたのは、山頭火のこの句に支えられてのことかもしれません。

 先週のニュースレターではじゃがいもの貯蔵のことを書き、ぼくはそのことを書きながら本当は池澤夏樹が昔書いた「バイオスフィア2」についてのルポルタージュを思い出していて、「バイオスフィア2」とは1990年くらいにアメリカのアリゾナの砂漠に建てられた、巨大な生態系の実験施設のことで、そこは空気も含めて一切を外部と隔絶された一町分ほどの人工のミニチュア地球で、そこには3000種くらいの虫や魚や動物が色々放たれて、植物や作物も植えられて、海水も流入れ、地球の循環の系を疑似的につくってみせて、つまりは本当の地球を「バイオスフィア1」といい張って、そうしてから尊敬半分うぬぼれ半分くらいの勢いで「バイオスフィア2」と名付けたのだろうと思います。そこで男女8人のアメリカ人が、畑を耕し家畜を飼い、その中の資源のみで、もちろん減ったものは再利用しながら繰り返し生み出し続け、2年間なんとか仲良く暮らしていけるかどうか、という実験なのですが、ぼくはじゃがいものカロリーの話からバイオスフィア2に話がつながればいいなと思って書いていたのですが結局、うちの銀行口座は寂しいという余計な上に大変情けない話になってしまい、バイオスフィア2のことは書くことができず、今回ももう書ききれないのでまたたぶん次週に書きます。

(ニュースレター記事より)

ないとう農園

あんしん、あんぜん、美味しいの一歩先へ。 「心躍る野菜」を育てています。 presented by 有機農業法人 ㈱さいたま五つ星野菜

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