おーい でてこーい、のゆくえ

 大変な雨が降ってくる、と天気予報が力を込めて伝えていて、この間の八月に千葉に被害を引き起こした豪雨では、ぼくの直接の知り合いの農家さんたちの畑も水没してしまい、日本有数の水はけを誇る千葉の黒ボク土が水没するとなると、同じような雨がこちらの方にも降れば同じように水につかるということで、まったく人ごとではありません。 

 浸水してしまった畑の様子がニュースで映し出されると、ぼくは植えた作物がダメになってしまう心境がほとんどそっくりわかるので、他のあまたある悲しいニュースを差し置いて、こればっかりは当事者のごとく、とてもやりきれない気持ちになります。ゲリラ豪雨に対しては対策する術がほとんどなく、しかも他の誰のせいにもできず、しかも別の近くの地域ではほとんど被害がなく、まるで自分だけがひどい仕打ちにあっているかの状況は、農業をやっていれば少なからずぼくにも経験があり、こういうときは目先の被害だけでなく、その先の生活までが不安になり、農業というこの商売の理不尽さに、とてもやってられない気持ちにもなります。

  最近やけにゲリラ豪雨が頻発し、しかも一つ一つが激甚で、農業限らずいたるところに爪痕を残しているのですが、これは本当に誰のせいでもないかというと、こういう何か大きな因果を怪しんでいるときにぼくが思い出しているのは星新一の『おーい でてこーい』という短編で、それはこんなお話しです。   


 都会からそんなに離れていない田舎の村で若い素朴な三人くらいの男たちが、村はずれの山中で、半径一メートルくらいの穴を見つけた。キツネの巣穴かな?と思って、「おーい、でてこーい。」と穴めがけて呼んでみたけどなにも起こらない。物は試しと石ころ一つを投げ入れてはみたものの、やはり何も起こらない、どころか、底にあたった気配もなく、いったいどれだけ深い穴なんだろう?と、すぐに村中で噂になった。学者にも来てもらって調査をしてもよくわからず、結局もう埋めよう、という話になったところで、土建屋がでてきて「それではうちの会社で埋めとくよ。」と穴の管理を委託させ、自由にしていい許可を村からとりつけた。実は土建屋はこの穴はおそらく無限にものが捨てられるということに気がついていて、これで一儲けしようと、広告をうち、都会ででたあらゆるゴミを引き受けてこの穴に捨てていく。機密文書も原子炉の核のゴミもなんだって。都市住民からでる下水さえもパイプを通してその穴に直結し、都会の汚物がそのまま流れ込むように工夫した。いらないものは何だってこの穴に捨てればいいのだから、しだいに都会はきれいになって、空だってずいぶん澄んできた。その澄んだ広い青空めがけてどんどこ高層ビルが建てられていく。あの穴があるのだから、後のことは考えず、何もかも作れるだけ作ればいいのだった。ある日ビル建設の作業員が、建築中のビルの上で休憩をしていると、ふいに空の彼方から、「おーい、でてこーい。」という男の声が聞こえた。作業員は都会の澄んだ空を見上げ、気のせいかな?と思った。すぐに声のした方から石ころがひとつ落っこちてきた。


  というような、短いながらも含蓄深いお話しで、つまり穴の出口は時空がねじれるかなんかして、都会の空につながっていたというわけですが、読んだ誰もに何かしらの心当たりがありそうで、ぼくはといえば、このお話しが未来への警鐘だなんてちっとも思っていなくって、むしろこのお話しの後日譚がまさにこの今なんだという気がしてなりません。『おーい でてこーい』を実践しつつ、すでに段階はそれより一段あがっていて、『さぁ でてきたよ』という物語が並行して始まっているというのが今の世の気がしています。

 他にも色んな風に読めるので、ぜひ実際に読んでみてください。とても短いお話で、下手したらぼくがまとめたのより短いかもしれないくらいです。

ないとう農園

あんしん、あんぜん、美味しいの一歩先へ。 「心躍る野菜」を育てています。 presented by 有機農業法人 ㈱さいたま五つ星野菜

0コメント

  • 1000 / 1000