いきるかしぬかおこられるか

 昨日は久々一日晴れで、最近は雨ばかりで、今日からまたしばらく雨が続くようで、このかけがえのない晴れ間を十分活かし切ろうと、朝から張り切って働きました。

  雨だと土で汚れて掘りづらい落花生を今日しかないと思いたくさん掘ったり、久々にトラクターが入れる畑の乾き具合だったので植え付用の畝を急いでつくったり、菜の花や大根の種を蒔いたりしました。加えて、この日のメインイベントとして、もう2週間も前から植えたくてたまらなかった秋じゃがいもの植え付けをやりました。タイミング的にはもうギリギリですが、もしもっと前に植えていたら、あまりのどしゃ降りに種芋が腐ってしまっているのではないかと、夜も眠れず、畑に行っては植えた芋をほじくり返し、芋の状態を逐一確認せずにはいられない、という心配が生まれてしまうほどの最近のとどまることを知らないこの雨です。植え付けが伸びに伸びてしましたが、結果今年はおそらくこの日が定植のベストだったかもと思いながら植え切りました。ひとまずやれることは首尾よくやれて、一日を悔いなく過ごせたかと思います。  

 こういう雨が続くとやっと晴れたその時に過剰にやるべきことが集中します。農業はもっぱら季節ものですから、その作業のほとんどがその時々に抜かりなくやらないともうこれっきり、取り返しがつかなくなることだらけなので、締め切りが早い順に頭の中で作業をならべ、順番ごとに一気にこなし、いつかリストが空になることを夢見るのですが、そのリストときたら底が知れず、末端にある作業の片鱗が少し見えてきたかと思うや否や、次から次に別の作業が滑り込み、仕事を終えていざ振り返るとさっきよりむしろやるべきことが増えている、という不思議なことが起こるのが日常です。こうなると末端の作業なんて永遠に着手できないのではないかという気がしてきます。


  リストの底にはどういう作業があるかというと、例えば草刈りで、それも畔だとか、法面だとか、畑と畑の境界だとかの草刈りが、どうしても後ろに後ろに回されてしまいます。こういうところの草刈りは、本来一番おおざっぱでもよくて、とにかく人並みに刈っていればそれで充分で、とにかく一瞬で終わらせたいところなのですが、こういうとここそ大きい草刈り機械が入っていけず、刈払い機を背負って、細かくやらないといけず、しかも大きい機械を持っていてその驚きの能率がいたずらに手中にあるからこそかえって気持ちの面からもはかどりません。うちの40枚ほどある畑の外周みんなそうなのですから、一つ一つは大したことなくても合わせてみると実際はかなりの面積になってしまい、この何も植え付けることができず一銭にもならないこのエリアの管理より、今とにかくやらなければいけない作業は山ほどあり、そうなると畔管理どころではありません。しかし難しいのは、ここがお隣との境界線ということもあり、あまりに手つかずだと怒られる原因になるので、怒られたくはないし、しかもこの怒りは理不尽どころかだいたい相手の方に分があるのだから、実際に怒られたらぼくは組んだ段取りも度外視にすぐにこの草を刈ってこの問題を一刻も早く解決したいと思うので、相手もいることなのでなるべく怒られる前にやりたいものですが、こう雨が続くと貴重な晴れは結局生きるか死ぬかの作業に使わざるを得ず、生きるか、死ぬか、怒られるか、の道中で毎日戦々恐々としています。ですので早く雨がやみ贅沢に晴れを使い、すみずみまで作業を行い、心の負担を軽くしていきたい今日この頃です。

ないとう農園

あんしん、あんぜん、美味しいの一歩先へ。 「心躍る野菜」を育てています。 presented by 有機農業法人 ㈱さいたま五つ星野菜

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